先程中国から帰国したばかりの涼はやま路に向けて走ります。
早く彼女の顔が見たい。無事な姿が確認したい。一心不乱に走り続けます。

ドブ板に辿り付きました。やま路まであと少しです。

ファニーベアのご主人の青木　基幸さんはまだ読めないメニューを掲げています。
お客が来るのかな？といらぬ心配をしつつ先を急ぎます。

アジア旅行社からはドクロのネックレスをぶら下げた男が出てきましたが
今は関係ありません。無視です。

向かいの花屋であるフラワーショップアイダには商店会会長のトキばあさんが店番をしています。
走ってくる涼を見て声を掛けます。
トキ「涼ちゃんかい？」
　涼「トキばあさん。お久しぶりです」
トキ「いつ日本に戻ってきたんだい？」
　涼「ハイ、先程着いたばかりです。トキばあさんもお元気そうで」
トキ「私はいつも元気だよ。それより折角日本に帰ってきたんだからどうだ、家によっていかないかい？
　　　望もさっき帰ってきたばかりだし」
　涼「すいません。今ちょっと急いでいるので又後にしてもらえませんか？」
トキ「そうかい。そりゃ残念だね。所で望とはいつ結婚するんじゃ？」
　涼「その話も後で宜しいですか？」
胸が痛みその場を去る涼。
涼はずっと前からお蕎麦屋さんの娘さんにぞっこんだったので、原崎さんと結婚する気は全くないのです。
ところがトキさんは、なんとか孫と涼をくっつけようとします。
二人の闘いはまだまだ続きそうです。

八百勝では良江おばさんと一緒に勝おじさんも今日は店頭で客寄せをしています。

トマトマートでは猫缶が買えますがよっている暇はありません。
更に先に進みます。
ホクホク弁当では沢野　ひさかさんが自分の髪の毛をいじりながらお客を待ち、
向かいの骨董屋の文化堂は相変わらずの定休日。
隣のウォータードラゴンでは赤坂　和夫おじさんが何も買わないグラサン男の相手をしています。

信吉おじさんはまだ片方しかない電球を変えていないなぁ〜と思いつつ
ひたすら涼は走ります。

トムはホットドッグ屋の前でトルネードキックの練習です(笑)。
「ヘイ　涼！」トムが奥から走ってくる涼に声を掛けます。
無視する訳にも行かず、涼は彼に付き合う為に走るのをやめ話を聞きます。

　涼「トム、久しぶりだなぁ。元気にしてたのか？」
トム「涼！ビッグニュースネ！」
　涼「ビッグニュース？俺がいない間に何かあったのか？」
トム「トム、涼が日本にいない間スゴク頑張ったヨ！そしてついに見つけたネ！」
　涼「見つけたって何を？」
トム「Ｏｈ！Ｎｏ！涼、忘れたノ？Ｍｅに湯川さん探しを依頼してたネ。その湯川さん
　　　さっきゲームセンターに入って行く所トムちゃんと見たヨ。だから今行けば湯川さんに会えるネ！」
　涼「・・・・・」
右手を上げその場を去る涼。トムは涼の挨拶に殺意が込められているのをしっかりと感じました。

トムのエセ情報を掴まされた涼は時間を潰してしまった事を後悔し、走るスピードを早めます。

栗田　士郎さんはカッコ良く店前で決めています。
マリー商会の親父さんはドイツ語教室に通っている為に今日は店を閉めています。

ジュピトリスの鶴岡　紀之さん(こんな顔でしたっけ？)は自分の商品を眺め、
コミネベーカリーの小峯　寛美さんは店前でアンドーナッツを５個もほおばっています。

タムラ精肉店の田村　宏さんは今日もまばたきに忙しいみたいです。

タムさんの店を右に曲がりやま路へ急ぎます。

すずめ公園ではアザだらけのおじさんがベンチに座り、
奥の階段前では少年が「兄ちゃん、妄想はそこまでだよ！」と大声で叫んでいます。
彼は何を言っているのでしょう？

涼は理解出来ずにやっと着いたやま路の前で一呼吸置き、扉を引きます。

ここで一つ話の流れをスムーズにする為にお蕎麦屋さんの女の子の名前を仮定させて頂きます。
彼女の名前は・・・山路　恵美(やまじ　めぐみ)さん。彼女にはこの名前があっています(自分の中では)。
雑誌で京子と恭子があったので、恵と恵美を出しました。
ひらがな・カタカナも考えましたがフィーリングが合わなかったので漢字にしました。
ご了承下さい。

親父「お客さんすいませんね。まだ店は始まって・・・って、りょ、涼じゃね〜か？」
　涼「親父さんお久しぶりです」
親父「久しぶりとかそう言う問題じゃねぇだろ。お前中国に行ってたんじゃないのか？」
　涼「ええ、そうですが・・・」
親父「何で戻って来た？」
　涼「えっ？」
親父「どうして戻って来たんだって聞いてんだよ！お前は自分の親父さんの仇を取る為に
　　　単身中国へ渡ったんじゃなかったのか？そこで蒼龍とか言う奴の居場所を探し出してぶちのめすんだろ？
　　　じゃあ何か？もうお前さんは親父さんの仇を取ったのか？」
　涼「い、いえ、まだです」
親父「まだだと〜？じゃあ何もしねぇで中国から戻ってきたのか？お前何しに中国に行って来たんだ？」
　涼「親父さんすいません。俺は別に親父の仇討ちが嫌になって戻って来た訳じゃないんです」
親父「何だと？」
　涼「恵美さんを迎えに来たんです」
親父「恵美を？」
　涼「俺、中国に行ってはっきりと分かった事があるんです。
　　　俺は親父を失ってから家族が一人もいなくなってしまいました。勿論、稲さんや福さんは家族同然だと思っています。
　　　ですがもう一人だけ自分に取って誰よりも大事な人がいるんです。いつも側に居て欲しい人がいたんです。
　　　それに気が付きました」
親父「それが娘の・・・」
　涼「恵美さんです。前にここで俺の誕生会を開いて頂けましたよね？」
親父「ああ」
　涼「あの時に恵美さんから貰った腕時計が中国にいる俺に語りかけたんです。
　　　やっぱり私一緒に行きたかったって。そしてその声に対する俺の返事が迎えに来る事だったんです」
親父「じゃあお前さんは俺の娘を連れてまた中国に戻るのか？」
　涼「ええ、そのつもりです」
親父「親の俺が、お前達を黙って中国に行かせると思っているのか？
　　　しかも旅行とかじゃねぇ。仇討ちの危険な旅だ。
　　　何処の世界にそんな明日も知れねぇ旅に自分の娘を差し出す親がいるんだよ！」
　涼「それでもです。反対されても俺は恵美さんを連れて中国に渡りたいんです。親父の仇は俺が必ず取ります。
　　　でも、日本に一人恵美さんを残して中国に渡った俺は本当の俺でなかったんです。
　　　大事な人、守ってあげたい人が常に側にいないと駄目なんです」
親父「そんなのはお前さんの弱さだ。それが娘を連れ出していいのとは何にも結びつかねぇな」
　涼「ですが、親父さん」
親父「ああ、うるせぇ！いつまでもお前と話しているほど俺は暇じゃねェんだ。さっさと帰れ！」
　涼「一人では帰れません！」
親父「仕込みもまだ終わってねぇし、営業妨害なんだよ！さっさと出て行け」
　涼「・・・・・失礼します」

涼はドアを丁寧に閉めすずめ公園へと歩きました。
ベンチには誰も座っていません。奥にいた少年もいつの間にか帰ってしまったようです。
親父さんの言葉は当然の結果でした。涼も分かっていたつもりでしたが、面と向かって言われるとショックが大きかったようです。

そこへ丁度買出しに行っていた恵美が戻ってきました。
公園でうつむく涼を見つけます。

恵美「涼君？」
　涼「えっ？」
恵美「涼君じゃない！いつ、いつ日本に帰って来たの？」
　涼「あ、恵美さん」
恵美「ねえ、涼君。いつ戻って来たの？」
　涼「ついさっき日本に着いたばかりです」
恵美「じゃあもうお父さんの仇は討てたのね！それでもうずっと日本にいられるだ〜」
　涼「あ、あの恵美さん？」
恵美「じゃあ、今度の日曜日に久しぶりにデートでもしない？最近お店忙しくなって来ちゃったんだけど、
　　　お父さんに頼んでお休みを貰ってくるね。あ、でもお洋服がないわ。涼君が帰ってきたことだし新しいの買っちゃおうかな？」
　涼「恵美さん、その・・・」
恵美「ねえ、涼君何処に遊びに行こうか？そうだ、あの猫ちゃん元気かな？あの神社のとこにいた猫ちゃん。
　　　涼君可愛がっていたよね？どう元気にしてる？・・・って涼君今まで中国に行っていたんだもんね。
　　　そんな事分からないよね？私何聞いているんだろ？お馬鹿さんだよね〜私って」
　涼「恵美さん、聞いて下さい！」
恵美「あ、ごめんなさい。私つい嬉しくって一人でベラベラと喋っちゃって」
　涼「俺、まだ親父の仇は取っていないんです」
恵美「え？それってどう言う意味？」
　涼「恵美さん。俺のお願い聞いてくれますか？」
恵美「お願い？お願いって？」
　涼「俺と一緒に中国に来てくれませんか？」
恵美「え？え？あ、あの、わ、わたし・・・」
　涼「すいません、いきなり日本に帰って来て一緒に中国に行ってくれって言われても困りますよね？
　　　久しぶりに恵美さんに会ったのに・・・。
　　　もっと色々話したいことが一杯あるんですが、恵美さんこれからお店のお手伝いですよね？
　　　詳しい事は船の中で手紙を書いてきたので読んでくれますか？俺、字汚いから読み難いと思うんですけど」
恵美「あ、う、うん」
　涼「じゃあ俺今から自分の家に帰りますので。恵美さんお仕事頑張って下さい」
恵美「あ、ありがとう・・・」

恵美に手紙を渡すと涼は足早にすずめ公園を後にしました。
突然の涼の帰国に驚き、舞い上がっている自分に対し真剣な眼差しで「一緒に来い！」と訴えかける涼。
手渡された手紙を持ち引き戸をくぐります。

品物を手際よく運び、二階にある自分の部屋へと移動した恵美は涼から手渡された手紙を読みます。
手紙には何で涼が一時帰国したのか。何故恵美に中国に行って欲しいのか。
所々字を間違えつつも涼の素直な気持ちが書かれていました。

それを読んだ恵美。
一種のプロポーズめいた手紙を受け取った恵美がその日の仕事に手が回らなかったのは想像に難しくありません。

そして手紙の最後にはこんな一文がありました。

「もしも俺と一緒に来てくれるなら明日の夜７時、神社で待っています」

　　　　　　　　　　　　　　　　　芭月　涼

そして次の日。旅立ちの夜。稲さんと福原君に別れを告げ、また涼は中国へ渡ります。
バイクに跨り涼は待ち合わせの神社へと走ります。
程なくして神社に着いた涼は境内の脇へまっ直ぐ向かいました。

小さなダンボール箱と一緒に子猫がうずくまって寝ています。
箱の中にはまだ開いていない猫缶が３つ程入っていました。
あの小さな女の子・・・確か恵ちゃんって言ったっけ。今でも彼女が面倒を見てくれているんだ。
そう言えば恵美さんと同じ名前なんだなぁ。

涼は初めてこの猫と会った時の事を思い出して笑いました。
最初は中々なつかなかったコイツもようやく仲良くなれた頃に日本を出たんだよなぁ・・・。
雨の降る夜そっと子猫の背中を撫でた記憶も蘇って来ました。
静かに眠る子猫の背中をあの時と同じ様に撫でます。ピクッと身体を震わせ自分の眠りを妨げた涼を仰ぎ見ます。

　涼「あ、ごめん。起こしちゃったな」
　猫「ニャ〜」
　涼「お前も相変わらず一人ぼっちか？」

そう涼が尋ねた時に白い猫がトコトコ近づいて来た事に気がつきました。
涼が一度首をかしげ暫くその猫を見ていると、猫もじっと涼の事を見ています。
あっ、と思いその場を離れると白い猫は慎重に箱に近づき中に入りました。
するとあの可愛がっていた猫の嬉しそうな鳴き声が聞こえて来ます。

　涼「そうか・・・。お前一人ぼっちじゃ無くなったんだな」
ポツリと言い、自分から少し遠くなってしまった子猫と新しい同居人に哀愁を覚え時計を見ました。

午後６時２７分。
約束の時間まで３０分程あります。
そうしている内に雨が降ってきました。
段々、段々と雨脚は強くなり涼は神社の軒下に入り雨をしのぎます。
そして彼女を待つ事３０分。

約束の時間は過ぎましたが彼女はやって来ません。
もう少し待とうと３０分程粘りましたが聞こえるのは雨の音と、子猫たちの鳴き声のみ。

船の時間も迫ってきていますし、いつまでもココで彼女を待つ訳には行きません。
諦めを覚え、少し離れた場所へ止めたバイクへ戻ろうと立ち上がります。
勿論猫達への挨拶も忘れていません。

　涼「お前達、仲良くやれよ。絶対に離れるな」
○○「私達もね」

急に女性の声が聞こえ雨を遮る赤い傘が頭の上に被さりました。

　涼「恵美さん？」
恵美「ふふ、当たり〜」
　涼「どうしてココに？」
恵美「どうしては無いでしょ！自分で呼んどいたくせに」
　涼「いえ、そうですけど。時間は過ぎているしもう来ないものとばかり・・・」
恵美「あ〜私の事責めてる〜」
　涼「別にそう言う訳ではないんですが、あの、その・・・」
恵美「うそ・・・。嘘よ。涼君遅くなってごめんなさい。
　　　足手まといになると思うけど、私も中国に連れて行ってくれる？」
　涼「俺は勿論喜びますけど・・・」
恵美「お父さんの事を心配しているの？」
　涼「はい。やっぱり親父さんにも祝福されて行きたいですから。
　　　昨日の昼間恵美さんに会う前に親父さんと話をしたんですが、全然取り入って貰えなくて。
　　　仕込みが忙しいとかそんな状態じゃなくても、今回の話は余りにも俺の一方的な考えでしたし、
　　　自分でも虫が良すぎる話だと思っていましたから」
恵美「うん。お父さんもその事で仕事に身が入らなかったみたいね。
　　　昨日お店が終わった後にお母さんと私と３人で話し合ったの。
　　　そうしたらお父さんは駄目だ！の一点張りで耳も傾けてくれなかったわ」
　涼「そうですか・・・」
恵美「お母さんは、あなたの思うようにしなさいって言ってくれたんだけど。
　　　今日になってもう一回お父さんと話し合おうと思ったんだけどやっぱり駄目だったわ」
　涼「なのにどうして今ココに？」
恵美「今日はお店が定休日だったから昼間新しいお洋服とか、持っていく物とかを買いに行って、
　　　夜はご飯を食べた後にこっそり２階の窓から抜け出して来たの」
　涼「そんな事を・・・。怪我したら危ないじゃないですか。危険な事はしないで下さい！」
恵美「しないでって、もうやっちゃたし。それにこれからもっと危険な旅になるのよね？」
　涼「これからはいつも俺が側にいて恵美さんを守りますから。でも・・・」
恵美「やっぱりお父さんの事が気になる？もう良いわよあんな頑固親父！
　　　娘の幸せは大好きな人と片時も離れたくないんだって事が解ってないんだから。
　　　いつまでも子離れ出来ない父親なんて駄目よね？」
　涼「頑固親父って恵美さん。親父さんは・・・」
恵美「あら、涼君はどっちの味方なの？
　　　私がお父さんの言いなりになって家で一人、いつ帰ってくるかも分からない人を待ってって言うつもり？
　　　私が一緒に着いて行くのが反対なの？」
　涼「いえ、決してそうでは無くて。俺は親父さんにも解って貰いたくて」
恵美「一日や二日で解れって言う方が無理よ。今回は時間が余りにも短すぎたんだわ。
　　　ねえそれより船の時間大丈夫なの？私遅れてきちゃったからそれが心配なんだけど」

左腕の恵美から貰った時計を見る涼。

　涼「あ！後３０分ちょっとしかありません！！」
恵美「ほら、後は船の中でゆっくり話しましょ！私向こうに着いたらお父さん宛に手紙を書くわ」
　涼「分かりました。じゃあ急ぎましょう。あ、傘と荷物は俺が持ちますから」
恵美「涼君相変わらず優しいね。ありがとう。じゃあこれお願いね」

恵美から赤い傘と随分と小振りなナップザックを受け取る涼。
荷物が少ないのは現地調達も考えての事だろう。
納得していざバイクへ向かおうとした涼は、ナップザックの端に一つの小さなお守りが付いている事に気が付きました。

　涼「恵美さん、これ何のお守りですか？」
恵美「え、お守り？何の事？」
　涼「これですよ。このリュックの端についている小さなお守りの事です。
　　　手作りみたいですが恵美さんが作ったんですか？それともおばさんが持たせてくれたんですか？」
恵美「これ・・・ちょっと見せてくれる？」

恵美がお守りを探ると中から小さく折りたたまれたニ枚の手紙が出てきました。

　涼「恵美さん？」
恵美「涼君？ちょっと時間くれる？」
　涼「ええ、その分バイクを飛ばしますから大丈夫です」

暫くして恵美の肩が小刻みに震えだすと、顔を下げ彼女の左手は自分の口から漏れる嗚咽を隠すかの如く手が当てられます。

　涼「恵美さん？どうしたんですか？」

彼女の涙は止め処なく溢れてきます。
日本を離れた時に見せた大粒の涙が記憶の糸を繋ぎます。
でも今回はあの時の悲しみに満ちた涙とはどこか違うものを感じていた。
親父さんがそっとお守りの中に忍ばせた手紙には、愛娘に伝える親の深い想いが書かれていました。

そしてもう一枚は涼宛のものでした。恵美から渡された涼は手紙に目を通します。
そこには親父さんの太く男らしい文字が刻まれていました。

親父「俺は口下手だしよ、手紙だって自慢じゃねぇが生まれてこの方一度も書いた事がねぇんだ。
　　　だがよ、俺は娘を、恵美を世界一愛している。
　　　そんな世界一愛する娘の未来を一人の男に託した親の、俺の気持ちが解るか？
　　　昨日お前が娘を連れて行くって言ったよな？それで俺の返事はどうだったよ。猛反対したよな？
　　　勿論危険な旅だ。一人娘の恵美を連れて行かれる俺は自分の身を引き裂かれるように痛ぇんだ。
　　　だがな、あの俺の反対にもしも、もしもだぞ。
　　　もしもお前が弱気な所を見せていたら俺は絶対恵美を黙って行かせやしなかった。
　　　だがお前は最後まで自分の意思を貫き通したよな？
　　　恵美にしたってそうだ。再三に渡って俺にお前との旅の事を許してもらおうと頑張っていた。
　　　俺は自慢じゃねぇが人を見る目がある。
　　　お前はそんじょそこらにいるただの男じゃねぇ。腕っ節は強ぇし、肝っ玉もしっかりと座っている奴だ。
　　　曲がった事は大嫌いだし、自分の信じた道を貫き通す信念がある。
　　　本当の漢だと思っている。
　　　そんな俺がこれから苦難の道を歩むお前に言える事はこれだけだ。
　　　・
　　　・
　　　・
　　　・
　　　・
　　　涼、恵美の事、頼んだぞ。お前には父親がもう一人いるってことを忘れるな」

　涼「・・・・・」

熱いものが体の奥から込み上げて来ます。
そして少し震えた声で恵美に呼びかけます。

　涼「恵美さん。雨も小振りになってきました。早くしないと船が出てしまいます。もう行きましょう！」
恵美「うん。ねえ、涼君？」

振り向き様に恵美の濡れた唇が涼の頬に近づくと、そのまま肌との距離がゼロになります。

恵美「私はいつでも側にいるから。ずっと涼と一緒だよ」
　涼「恵美・・・もう二度と離さないから。俺と一緒に来てくれるよな？」
恵美「うん・・・」

涼の胸に頭をコツンとつけ頷く恵美。

二人の行く手にはこれから様々な困難が待ち構えている事でしょう。
しかしどんな時も離れない事を誓った男女。

雨も止み、うっすらと月明かりが差し込む境内。
広い地球上で今日も一組のカップルが生まれました。

勿論証人もいますよ。
それは誰かって？

前足を箱の淵に引っ掛け、そっと見ている小さな小さな住人です。

終わり