第一章：潮風を受けて
ブォーーーーーーーーーーーン
ドルン・ドルン・ドルルン
ブォーーーーーーーーーーーン
２台のバイクが沿岸道路を走り抜ける。
左手には緑豊かな山がそびえ、右手には大海原が広がっていた。
日曜の昼下がり、サンサンと輝く太陽が、辺りを目映く照らし出し、
絶好のツーリング日和として２人を迎えた。
どちらも２５０ｃｃのバイクだ。
特にチューンナップを加えた箇所は無かったが、互いのバイクは綺麗に磨かれ、
２人がどれだけ自分の愛車を大事にしていたかが容易に伺える。
白地に赤、青地に紫のツナギを着たライダーが前と後ろに並び
大きなカーブも体を倒し、軽快に曲がって行く。
スピードに乗ったバイクは自ら風を切り、２人を包んだ。
２人の運転は面白いように同調していた。
前のバイクがカーブに沿って右に左に倒れると、
直ぐ後ろを走るバイクも同じ角度で車体が傾く。
それはまるで、プロモーションビデオでも観ていると錯覚してしまう程、
見事で優雅な様であった。
２人がツーリングを始めてから、かれこれ数時間が過ぎようとしていた。
昼食を取っていなかった２人に呼びかけるように小さなレストランが目に入る。
先に走っていたドライバーが左手で「入ろう」と合図を送る。
確認を取らずとも了解は得られるだろうと、段々とスピードを落としたバイクは
ウィンカーを左に出し、レストランの駐車場へ入って行く。
勿論後ろを走っていたバイクも同じ様にオレンジの光りを点滅させ、
後に続く。
専用の駐車場所が確保されていた小さなレストランに、
２台のバイクが並んで駐車される。
自分の愛車からゆっくりと降りた２人は、フルフェイスのヘルメットを外した。
ファサッと言う音と共に、海が運んだ潮風に流れた長い黒髪が
太陽の光を受け、キラキラと輝く。
一人が髪を一度右手で後ろにサラリと流す仕草をしたかと思えば、
もう一人は頭を少し左右に振り、髪を靡(なび)かせる。
２人共サマになっていた。
互いに笑みを浮かべた彼女たちは、優しい音色を立てるドアを潜り、
レストランに入っていった・・・。
第二章：自然の贈り物
マスター「いらっしゃいませ〜」
ちょび髭を生やした人の良さそうなマスターが声を掛ける。
店内を見回すが、お客は彼女たちだけのようである。
マスター「お客様はお２人様でしょうか？」
まりりん「はい」
一人が質問に答える。
マスター「お席はどちらに致しましょうか？お好きな場所をお選び下さいませ」
ルイ「えっと、何処にしよっか？」
まりりん「あ、あっちの席だと海が見えるし、窓側に行こうよ！」
白地に赤のツナギを着た少女が手を叩き、窓際の席を指さした。
「うん」ともう一人の少女が頷き、２人は歩き出す。
丸いテーブルに、少し背もたれの高い椅子。
どちらも材質は木で出来ており、自然な香りを運んでくる。
まりりん「良い感じのお店だよね？」
ルイ「うん♪」
まりりん「あ、見てみて、海が凄くキレ〜〜〜イ」
ルイ「本当だ〜」
ガラス越しに見える海は、適度な波を立て、青々と澄んだ大きな体を震わせていた。
後から来たマスターは、テーブルによく冷えたお冷やを置き、丁寧にメニューを手渡す。
マスター「では、ご注文がお決まりになりましたら、
そちらに置かれている呼び鈴をお鳴らし下さいませ。
尚、本日のお勧めランチメニューはこちらになっております」
そう言って、一枚の手書きメニューをテーブルに置く。
恭しく一礼し、マスターはまた奥へと戻っていった。
ルイ「こんなに雰囲気の良いお店なのに、お客さんは私達だけだよね〜。何でだろう？」
まりりん「う〜〜〜ん？どうしてかな？でも、お昼ご飯にしてはちょっと遅い時間帯も関係あるんじゃない？」
左手のツナギを少しめくり、お気に入りのベビーＧに目をやる。
まりりん「ほら。もう２時３０分近くだし」
ルイ「そっか〜」
幾分納得しかけたものの、何処かにお客がいるんじゃない？と周りを見回す。
ルイ「ああ〜〜〜〜！！！」
まりりん「な、何よ？急に大きな声をだして」
ルイ「ほら、ほら。あそこを見てよ！」
彼女が指を指したのは、予想を反して、店の天井であった。
まりりん「ああ〜〜〜〜！！！」
今度はもう一人の少女が大声を上げる番であった。
そこには、少し西の空に傾き掛けた太陽が放つ光と、絶えず変化する大海原の波が調和し、
幻想的な模様を描いていた。
マスター「お客様、如何なされたのですか？」
あまりの声に、奥にいたマスターが慌てて飛んでくる。
まりりん「あ、ごめんなさい。大きな声を上げちゃって」
ルイ「あれがとても綺麗だったから・・・」
そう言って、再び天井を指さす。
マスター「ああ、あれでございましたか。どうもありがとうございます。
当店自慢の芸術作品でして、沢山のお客様にご好評を頂いております。
私も店が完成するまでは気が付かなかったのですが、ふと天井を見上げましたら、
自然に反射された日の光が、波模様をあそこに映し出していることに気付きまして、
初めて見た時は私も思わず声を上げてしまいました」
マスターは照れくさそうに頭の後ろをかき、３人は暫しの間天井に目を向けていた。
一番始めにマスターが天井から視線をそらすと、２人の少女に目を向け、話しかける。
マスター「申し訳ございませんが、そろそろご注文をお聞きしても宜しいでしょうか？」
まりりん「あ、そうでしたね。ほ〜ら、ルイちゃん、注文だって！」
ルイ「え、え？何？あ、注文？」
最後まで珍しそうに天井を見ていた彼女は、友達の掛け声で我に返る。
まりりん「早く決めないと。注文してからゆっくりと見ようよ！ね？」
ルイ「うん、そうだね。え〜と、何にしようか？」
まりりん「あ！これ何かどう？この今日のお勧めランチ・・・、
え〜と、冷製トマトソースのカッペリーニだって！美味しそうじゃない？サラダと飲み物も付いてくるし」
ルイ「本当だ〜。じゃあこれにしよっか？」
まりりん「うん♪じゃあ、すみませんけど、このお勧めメニューのカッペリーニを２つお願いします」
マスター「はい、かしこまりました。お飲物の方はいつお持ちいたしましょうか？」
まりりん「食後で良いよね？」
ルイ「うん」
マスター「では、その様にさせて頂きます。メニューをお下げしても宜しいですか？」
決まり文句を言ったマスターはメニューを小脇に抱え、奥に戻り、
直ぐさま、スプーンとフォークを２人分トレイに乗せ運んでくる。
マスター「少々お待ち下さいませ」
今度はそのまま厨房に入り、オーダーの品を手際よく用意する。
２人と言えば、テーブルに頬杖を付きながらまた天井に目を向け、
飽くことなく緩やかな波を見続けていた。
５分・１０分？眺めていただろうか？
２人は何を合図にしたわけでもなく視線を元に戻すと、互いの顔を見つめ・・・笑った。
何だろう？特に理由もなく、何が可笑しいと言うわけでもないのだが、自然と笑みがこぼれた。
まりりん「何が可笑しいのよ〜？」
ルイ「別に〜、まりさんだって笑ってるでしょう？」
まりりん「だって、何か可笑しいんだもん」
ルイ「私も〜」
そしてまた笑い出す。
声を上げて、楽しそうに・・・。
そんな２人の元へ、料理が運ばれて来る。
イタリアンドレッシングのたっぷりとかかった小皿に、サラダが。
少し歯ごたえのありそうなフランスパンに、
メインである特性カッペリーニ。
バイクの運転＋食事が遅かったこともあり、２人の空腹度は相当の物であった。
ルイ「お腹減っちゃった〜。早く食べようよ！」
まりりん「そうだね。じゃ〜あ〜・・・・・・・・・・」
２人同時「いただきます！！」
２人は器用に、また丁寧に極細のパスタをフォークに絡め、口に運ぶ。
ルイ「美味しい〜〜〜」
まりりん「うん、本当に、美味しいね〜」
パスタの中央に盛られた冷製トマトをフォークに刺して一口。
良く冷えたトマトにソースが絡まり、口の中でそれらが一気に渾然一体化し、何とも言えない。
ドレッシングとマッチしたサラダに手を付けたかと思えば、パンを適当な大きさにちぎって頬張る。
２人の食事は空腹と、何よりマスターの腕により弾んで行った・・・。
第三章：兄(あん)ちゃん達、登場！！
ボボン・ボボン・ボボボボボン！！！
何の音だろう。
けたたましく、低音の聞いた爆音が遠くから近づいて来る。
２人は顔を上げ、窓の外に目を向けた。
首を少し傾け、互いが相手の頭越しに道路を見るが別段変わったところはない。
だが、騒音はその勢いを留めることなく、
より確実な物となってレストランに向かっていることが判った。
暫くすると、騒音の元凶が現れた。
もの凄いシャコタンオープンカーの外車が目の前を通り過ぎて行く。
なるほど・・・。
地元の若い連中が乗り回しているのだろう。
原因が分かった２人はまた、食事に取りかかる。
するとどうしたことだろう？
一度通り過ぎた筈の車がＵターンをして戻って来るではないか！
やがてレストランの駐車場に車を停め、見るからにガラの悪い若い男が２人、降りてくる。
同じように停めてあった彼女達のバイクをジロジロと覗きながら、
乱暴に店のドアが開かれた。
地元兄１「お、居た、居た」
地元兄２「ねえねえ、表のバイクって君達の〜？」
パクパクムシャムシャ・パクパクムシャムシャ
思っても居なかった介入者により、折角のランチタイムも台無しになってしまった。
２人の少女はロボットの様に機械的に食べ物を口に運ぶ。
地元兄１「あれ、あれ？聞こえないのかなぁ〜？」
地元兄２「可愛いお姉ちゃん達ぃ、俺達と一緒にドライブしよう！」
まりりん「ごめんなさい。私達忙しいですから、結構です」
地元兄１「何だよ。聞こえてんじゃん！」
地元兄２「そんなつれない事言わないでさ〜。俺達紳士だからさ、食べ終わるまで待ってるよ！」
ルイ「紳士なら今日の所は帰ったら？」
地元兄１「なぁに、おねえちゃん？」
マスター「い、いらっしゃいませ〜」
愛想笑いを浮かべながら、マスターが近づく。
心なし、何処か声も震えている。
「マスター頑張って！」とは、彼女たちの心の声である。
地元兄２「おいおい、ちょび髭のおっさんよ〜。俺達が先に目を付けたんだからよ、
あんたはお呼びじゃないの。解る？解ったら回れ右して、とっととお帰り」
地元兄１「そうそう。おっさん、バイバイ！」
マスター「い、いえ。私、この店の者です。あの、お客様はお２人様でしょうか？」
地元兄１「店の者？あ〜、そういや、エプロン付けてやがんな。
おっさん、今時熊のプリントは無いんじゃねぇの？」
マスター「え〜と、考えておきますので・・・。カウンターが空いていますから、こちらへどうぞ・・・」
地元兄２「いいよ。俺達、彼女達の隣の席にするから。な？」
地元兄１「そうだな！」
マスター「あの、そう仰らずに、カウンターの方へ・・・」
地元兄１「あのね〜、おっさん。俺達は此処の席が良いの！お客様が座りたい場所に座らせろや！」
ルイ「どうせ何も頼まないんでしょ？」
地元兄１「なぁに、おねえちゃん？」
まりりん「ルイちゃん！」
まりりんは、食ってかかるルイを諭(さと)すように、ツナギの袖を引っ張る。
「(マスター、しっかりしてよ〜)」とは、まりりん一人の心の声である。
マスター「で、では、直ぐにメニューをお持ちいたしますので・・・」
まりりん「(マスタ〜！)」
がっくりと頭を垂れる彼女をよそに、男達はニヤニヤと笑みを浮かべながら隣の席に着く。
と、思いきや、椅子を運び、無理やり２人のテーブルの前に陣取る。
まりりん「あの〜？」
ルイ「ちょっと〜、テーブルが狭くなるでしょう？自分達の席に戻りなさいよ〜」
地元兄２「良いじゃん、良いじゃん。食事は大勢の方が楽しいって言うでしょ？」
まりりん「それとこれとは違います！」
地元兄１「どう違うのかなぁ〜？」
ルイ「私達は２人で落ち着いて食事がしたいの？解らない？」
地元兄１「おねぇちゃん、可愛いし威勢が良いねぇ〜。俺好みだ〜」
地元兄２「俺はこっちの娘が良いな！」
そう言って、一人の男がまりりんの肩に手を伸ばす。
まりりん「キャーーーーーーー！！」
ルイ「ちょっと、やめてよ〜」
地元兄１「おっと、おねぇちゃんの相手は俺でしょ？」
もう一人はルイの方へ近寄ってくる。
○○「おい、お前ら待てよ！」
いつの間にか一人の男がテーブルに近づいていた。
ドアを開けて入ってきた気配が無かったのだが、室内に他の客でも隠れていたのだろうか？
誰だろう？声の主を確認するため、皆が一斉に振り返った先には・・・。
第四章：白馬に乗った王子様
マスター「恵一(けいいち)！」
恵一「親父、俺に任せろよ！」
マスター「いや、だってお前・・・」
恵一「大丈夫だよ、こんな奴ら直ぐに追い返してやるから」
乱暴を働いている男達の側、ガタイの良い青年が立っている。
地元兄１「何だ、テメェ？」
地元兄２「女の前だからって、ええカッコしぃ何じゃないの？流行らないぜ。そう言うの」
恵一「おい、お前ら！黙って自分の席に戻れよ」
地元兄１「聞こえねぇなぁ〜。ねえ、お姉ちゃん、何食ってんの？」
恵一「自分の席に戻れ！」
地元兄２「俺達は、忙しいんだよ。ヒーローぶった兄ちゃんは、家に帰れや！」
恵一「もう一度だけ言う。自分の席に戻れ！」
地元兄２「お、これ何？スパゲティ？いただきぃ〜！」
まりりん「キャーーーーーーー！！」
２人の内、一人の男がまりりんのカッペリーニを横からつまみ食いをしたので、さあ大変。
店内には今まで以上の悲鳴が響き渡った。
恵一「再三にも渡る忠告を無視したあげく、婦女子に嫌がらせを働くとは、
男の風上にも置けない奴らだ。この場で成敗してやる」
地元兄１「婦女子ぃ〜？お前、いつの人間だぁ〜？」
地元兄２「成敗ぃ〜？桃太郎か、お前？へそで茶が湧くぞ！」
ルイ「プッ！あははははははは！！似合わない台詞ぅ〜！恵一君だっけ？頑張って〜」
まりりん「ちょっと、ちょっと、ルイちゃん！」
恵一「表に出ろ！」
地元兄１「寒いから、や〜だ〜！」
地元兄２「お前一人で外に行って、３匹のお供でも探してこいや」
恵一「店の中で暴れる訳にはいかないんだ！来い！」
地元兄１「お？おぉ〜！？」
地元兄２「てめぇ、こら離せよ！離せっつってんだろ！」
恵一は男達の襟首を掴むと、もの凄い腕力で２人を無理矢理店の入り口へ引きずって行く。
手際よくマスターがドアを開け、２人を連れた恵一は外に出ると、手を離し、
ドンッと勢いよく背中を押す。
地元兄１「てぇっな〜、てめぇ〜！」
地元兄２「こんな事してタダで済むと思ってんのか兄ちゃん？」
恵一「３秒だけ時間をやる」
地元兄２「はぁ〜？」
恵一「此処から早々に立ち去れば危害は加えない」
地元兄１「馬鹿か、てめぇ？あんな良い女見付けて、何もしないで帰れるわけねぇだろうが！」
恵一「３・・・」
地元兄２「おい、さっきの落とし前はきっちり付けさせてもらうぜ！」
恵一「２・・・」
地元兄１「もう２０００年のカウントダウンかぁ〜？」
恵一「１・・・」
地元兄２「テメェに新年は訪れねぇんだよ！理由はあの世でゆっくり考えな！！」
恵一「０・・・時間だ！！」
店内から窓越しに外の様子を覗いていた３人の目にパァ〜〜〜〜ンと、目映い光が入ってくる。
あまりの眩しさに思わず目をつむる。
ようやく視力が回復し始め、視界がハッキリとしてくる。
すると２人の少女の眼前には信じられない光景が浮かんでいた。
そう。
あの若い地元のチンピラ君達は地面に大の字になって、のびているのである。
カラン・カラン
鈴の音と共に恵一が店内に入ってくる。
マスター「恵一、大丈夫か？」
恵一「ああ、親父の方こそ大丈夫だった？」
マスター「あ、ああ。ありがとうな。いつもお前に助けて貰って。俺は父親として情け・・・」
恵一「親父！それ以上は何も言わなくて良いよ！親父は料理人なんだからさ。
死んだ母さんの夢を叶える為にも、あんな連中の為に大事な手を汚しちゃだめだよ」
マスター「恵一・・・」
恵一「君達も大丈夫だった？」
ルイ「うん♪恵一君、助けてくれてありがとう〜。凄い強いんだね〜」
まりりん「あ、あの、その・・・」
ルイ「まりさんったら、何モジモジしてんの？恵一君にお礼を言わなきゃ！」
まりりん「う、うん、そうだよね。私、上がっちゃって・・・。あ、ありがとう」
恵一「どういたしまして。それよりパスタ、のびちゃったんじゃない？
親父！作り直そうよ。俺も手伝うから」
まりりん「あ、良いです。私達、もう充分ですから・・・」
マスター「いえ、いえ。本当に申し訳ありませんでした、お客様。
今すぐに新しいのをお持ちしますので、先程の席から２つ程隣でお待ち頂けませんか？」
ルイ「まりさん、こんなに言っているんだし〜。ね？」
まりりん「でも、やっぱり悪いよ〜」
恵一「直ぐ出来るから、待っていてよ！」
まりりん「は、はい・・・」
窓際の席に走った恵一は素早く食器を片づけ、椅子やテーブルの位置を元に戻す。
ルイに連れられて新しい席に着いたまりりんは、頬を赤らめながら虚ろな目でまた天井を見るのである。
ルイ「私、凄いビックリしちゃった〜」
まりりん「・・・そうだね」
ルイ「急に怖い人達に絡まれちゃったから、どうなっちゃうかと思ったよね〜？」
まりりん「・・・そうだね」
ルイ「でも、恵一君が助けてくれて・・・。格好良かったね〜、彼」
まりりん「・・・そうだね」
ルイ「まりさん、人の話聞いていないでしょ？」
まりりん「・・・そうだね」
ルイ「あははは。まりさんって、恵一君みたいな人、結構好みのタイプでしょう？」
まりりん「そうなのかなぁ？」
ルイ「あれ？もう、何よそのオチは〜。私の声、届いているんでしょうね〜？」
グニイィィィィ〜〜〜
まりりん「い、痛い！痛いよ、ルイちゃん！！ほっぺをつねらないで！」
ルイ「だって、まりさん、さっきから上の空なんだモン！」
そんな微笑ましい彼女たちの様子を厨房からカウンター越しに見ていた恵一と、マスターの２人。
そっと恵一の肘をつつくマスター。
恵一「何だよ、親父？」
コンコン
恵一「だから、何だって聞いてるんだよ、親父？」
ゴンゴン
恵一「痛いよ。もう解ったから。何が聞きたいの？」
ガンガン
恵一「もう肘はつつかなくて良いし、痛すぎ！父ちゃんやめてよ！！」
父ちゃん？
第五章：小さな勇者
マスター「恵一、恵一、恵一！！大丈夫か？」
恵一「あ、あれ？父ちゃん、どうしたの？い、痛ってぇ〜」
ルイ「あ、まりさん、気が付いたみたいだよ！」
まりりん「本当だ。ねぇ、僕、大丈夫？」
恵一「ぼ、僕ぅ？」
マスター「おい、恵一。お前頭を打ったんじゃないか？やっぱり父さんと一緒に病院に行くか？」
恵一「痛ててて・・・。あ、あいつらは・・・？」
マスター「ああ、とっくに帰ったよ。お客様がコテンパンにしてくれたから・・・」
そう言ってマスターはルイの方を見るが、彼女と目が合うと何故か慌てて顔を反らしてしまう。
一体何があったのだろう？(笑)
マスター「お前、無茶し過ぎだぞ！小学生のお前があんな街のチンピラ達に勝てる訳がないだろう？」
恵一「だって、俺、黙って見ていらんなかったから・・・」
マスター「それは解るけど、お前、変なドラマの見過ぎなんじゃないか？
訳の分からない言葉で急に突っかかって行くなんて、父さん、心臓が止まるかと思ったぞ。
お前にもしもの事があったら死んだ母さんに、俺が呪い殺されちゃうよ・・・。
お前は俺の最高の宝物なんだからさ。ああ言うのは父さんに任せておけば良いって」
２人同時「えっ！！」
「マスターって何かしたっけ？」とは、口が裂けても言えない２人であった。
まりりん「でも、私達が助かったのって、この子のおかげだよね♪」
ルイ「うん♪本当に。君があいつらに突っかかって行ったお陰で、隙が出来たからね♪」
まりりん「そこをルイちゃんが、後ろから得意の合気道でボコボコにしちゃったんだよね。
あの人達、ちょっと可哀相だったんじゃない？」
ルイ「もう、やだ〜〜〜、まりさん。それじゃあ私が暴力女みたいじゃない！」
マスター「あの時は本当に怖かった。何たって彼女の技と言ったら、熊でも・・・」
ギロリン！
鋭い視線が、マスターの背中に突き刺さる。
マスター「すみません。
いや、それにしても、今日は本当に申し訳ありませんでした。何とお詫びして良いのやら。
息子も助けて頂き、そのお礼も差し上げなくてはなりませんし・・・」
まりりん「そんな。結果的に私達には何も無かった訳ですし・・・。ね？ルイちゃん！」
ルイ「うん♪それよりお店の方は大丈夫です？」
マスター「いえ、椅子やテーブルは又新しいのを買えば済みますから・・・ハハハ・・・・・」
恵一「父ちゃん、何で泣いてるの？」
まりりん「恵一君だっけ？助けてくれてありがとう♪」
ルイ「本当に、ありがとうね。恵一君！」
まりりん「カッコ良かったよ」
ルイ「小さな勇者様って感じだったもんね」
恵一「へ、へへっ、当然だい！」
照れ隠しに頭をかく仕草は、父親譲りであった。
マスター「あの、本当に、何と言ったら良いのか・・・」
まりりん「だからマスターは何も気にしなくて良いですよ。私達、全然大丈夫ですから」
ルイ「そうだよね。又お店に遊びに来ますから、その時に美味しい料理を御馳走して下さいね♪」
マスター「こんな店に又足をお運び下さるのですか？」
まりりん「だって私達・・・」
ルイ「あれが気に入っちゃったから・・・」
そう言って、２人は同時に天井を指さす。
マスター「ありがとうございます」
暫くすると、新たな家族連れが店内に入ってくる。
ルイ「じゃあ、マスター・・・」
まりりん「私達はこれで・・・恵一君もバイバイ」
軽く彼女達に頭を下げ、接客業に移る。
マスター「いらっしゃいませ〜。お客様は何名様でしょうか？
はい、解りました。ではあちらのお席へどうぞ・・・。
おい、恵一。父さんまた仕事に戻らなくちゃいけないから、ちょっと外で遊んで来なさい」
恵一「俺も手伝うよ！」
マスター「ありがとう。でもこの時間帯はお客さんも少ないから、夕飯時に頼むよ！」
恵一「おぅ、分かった！」
外に出た恵一は、まりりんとルイを見付けたが、多感期な少年であった彼は、
先程の格好悪い自分を見せた恥ずかしさの為か、母親以外の優しい大人の女性に慣れていないためか、
俯(うつむ)きながら、彼女たちの側を素通りしようとする。
グローブをはめながら、次の目的地に向かう準備をしていたルイに恵一の姿が目に留まる。
ルイ「あれ？恵一君、どうしたの？」
まりりん「え？恵一君？あ、本当だ。お店良いの？それともやっぱり何処かまだ痛い？」
ルイ「お姉ちゃん達が病院まで連れて行ってあげようか？」
恵一「良いよ、何処も痛くないし！」
ちょっとつっけんどんに答えてしまった恵一。
ルイ「何よ、その言い方〜」
まりりん「ルイちゃんも、まあまあ・・・。ねぇ、恵一君。今暇なの？」
恵一「あぁ」
ルイ「何？ハッキリ言いなさいよ！」
恵一「暇だよ！」
ルイ「男の子なんだから、ハキハキ喋りなさいよ！」
まりりん「だから、ルイちゃんも抑えて、抑えて・・・。じゃあお姉ちゃん達とドライブしよっか？」
恵一「ドライブ？」
まりりん「そう！このバイクに乗って夕日を見に行くの。恵一君も地元だから知っているでしょ？
この先にある虹の岬が今日の私達のゴールなの！あそこから見える夕日がとても綺麗だって聞いたから、
今日ツーリングに来たのよ。ね？ルイちゃん♪」
ルイ「そうよ。君が一緒に行きたいってお願いするんだったら考えちゃおうかっなぁ〜？」
まりりん「また、そう言うことを言う〜。どう、恵一君？お姉ちゃん達と一緒に行こうよ！
帰りだってちゃんと此処まで送るし・・・。ね？」
恵一「やっぱ、いいよ。俺一人で遊んでいるから・・・」
ルイ「だって！」
まりりん「そんな事言わないで、お姉ちゃん達と一緒に夕日でも見ようよ！」
恵一「だからいいよ。オバさんと出掛けても面白くないし・・・」
パシ〜〜〜〜〜ン！！！
辺りにヤケに乾き、澄んだ良い音が響き渡る。
そう、恵一のおでこをまりりんが平手で叩いた音であった。
恵一「痛ってぇ〜〜〜！！」
まりりん「あら、やだ！恵一君の額に哀れ蚊が・・・」
恵一「何すんだよ！オバさん！！」
パシ〜〜〜ン！！
まりりん「あら、やだ！もう一匹いたわ・・・」
恵一「痛いよ！オバさん！！」
パシ〜ン！
まりりん「なぁに、この場所？やたら蚊が多いんじゃない？」
恵一「オバさん！！」
パシン！
恵一「オバッ！」
ビシ！
恵一「オ！」
ベシ！
恵一「オ、しか言ってないよ！！！！！」
まりりん「あ、ごめん！」
ルイ「あははははははは！！！」
恵一「何だよ？」
まりりん「何よ〜〜？」
ルイ「だって、２人とも仲の良い姉弟みたいなんだモン」
まりりん「姉弟みたいだって？」
恵一「こんな乱暴な姉ちゃん、俺いらないよ！」
まりりん「プッ、あははははは」
恵一「フ、ヘヘヘ、へへ、な、何だよ、わ、笑うなよ。俺まで可笑しくなっちゃうだろ！」
まりりん「だ、だって〜、プッ、クククククッ！」
ルイ「あはは！」
恵一「ヘヘヘヘヘッ！！」
３人は暫しの間、駐車場で、互いの顔を見つめては吹き出しあう時を過ごした。
ルイ「あはははは・・・って、まりさん、もうそろそろ行かないと・・・」
まりりん「あは、あはは・・・。あ、うん」
太陽も大分その身を西の空に傾け始めていた。
早くしないと直ぐに暗くなってしまう。
時は止まってはくれないのだから・・・。
まりりん「ねぇ、恵一君はどうするの？」
ルイ「そうよ。私達、もう行くわよ！」
恵一「俺が良い所へ姉ちゃん達を案内してやるよ。取って置きの場所があるんだ！！」
まりりん「そう♪」
ルイ「じゃあ決まりね！！どっちのバイクに乗って行く？」
恵一「え〜と、こっちの姉ちゃんと一緒が良い！」
ルイ「あらあら、まりさんモテモテねぇ〜〜。ヒュ〜ヒュ〜！」
まりりん「もう、ルイちゃんったら、からかわないでよ〜。恵一君、まだ小学生なんだから・・・」
ルイ「あれ？でもまりさん顔が赤いですよ？」
まりりん「こ、これは、夕日ですぅ！！」
照れ隠しをしながら、素早く用意すると、本日のメインイベントを見るために、
２台のバイクは、小さなレストランの駐車場を離れた・・・。
第六章：恵一の心
まりりん「良〜い、恵一君〜？お姉ちゃんに〜〜、しっかり捕まっているのよ〜〜〜！！」
フルフェイスの為、かなり大きな声を張り上げ、後ろの席に座っている少年に声を掛けた！
かなりのスピードで走るバイクは風を切り、いや、風に乗り、疾走する。
恵一は長袖、長ズボンと言う出で立ちではあったが、ツーリングに行く服装ではなかった。
彼はまりりんの背中越しに座っている為に、身体の中心部には特に風を感じることは少なかった。
だが、腰に廻していた両手、車体に密着させた足が風を受け、それが全身を駆けめぐる。
確かに染み込むような冷たさが身体の芯を付くのだが、それが何とも言えず、気持ち良い。
どんなカーブが待ち受けても、２人の女性ライダーはそれらを難なく曲がってゆく。
ドライバーがバイクと完全に一体化しているのだと、後部座席にいた恵一は気が付いた。
孫悟空が操っていた筋斗雲とはこんな感じなのだろうか？
もし自分が運転をしたらどの様に感じるのだろう？
なんて楽しそうなんだろうと、心が躍ってくる♪
オレンジ色に染まった太陽の光が、山の斜面に長い影を造る。
どんな凹凸があろうとも、影は３人と２台のバイク姿を鮮明に岩肌に映し出すのだ。
バイクの速度とは対照的にゆっくり、ゆっくりと移動する大きな影。
果てしない追いかけっこが、夕日が沈むまで、いつまでも、何処までも続くのである。
レストランを出てから２・３０分程走ったであろうか？
"虹の岬"に近づいてきた。
ゆっくりと速度を落とすバイクに恵一が慌てて、腰を掴んでいた右手で
ドライバーであるまりりんの右足太股をポンポンと叩いた。
まりりん「なぁに？恵一君？」
恵一「もうちょっと先だよ！！」
まりりん「え？虹の、岬って此処でしょ？」
恵一「だから〜、秘密の場所に案内するって約束したじゃん！！」
まりりん「あ〜、そっか〜。うん、じゃあ恵一君がナビゲーターになってよ！」
恵一「おぅ！」
まりりん「ルイちゃ〜〜〜ん！！」
今度は、恵一に代わってまりりんが左手で後続車であるルイに合図を送る。
ルイ本人も２人が何かを話していることは分かっていたので、速度を合わせ、
ピタリと横につける。
ルイ「な〜に〜？」
まりりん「もうちょっと、先に行こう〜〜！」
ルイ「なんで〜〜？」
まりりん「恵一君が良い所へ、案内してくれるんだって！」
ルイ「あ〜、ＯＫ！じゃあ、恵一君お願いね〜〜」
右手を上げ、敬礼のポーズを取るルイ。
真似をするように恵一は左手で、敬礼をする。
まりりん「じゃあ、またちょっと、スピードを出すわよ〜〜」
彼女の合図と共に、バイクは滑るようにスピードを増していった。
虹の岬を離れてから、４・５分程・・・。
先程と同じように恵一が太股を叩き、合図を送る。
恵一「姉ちゃん！あそこ〜〜〜！！」
彼が指し示す先には山の傾斜にそって緩やかな上り坂が続いていた。
恵一「あそこを登って行って〜〜〜」
まりりん「分かったぁ。ルイちゃ〜〜ん」
左手を使い後続車に、行き先を告げる。
サイドミラーでルイのサインを確認したまりりん達３人は、スルスルと坂を上って行く。
山の周りを幾度も回った後、ついに平坦な場所に辿り着いた２台のバイクと、３人。
そこから見える物は、巨大なカエデの森だけであった・・・。
まりりん「あれぇ〜？」
ルイ「何、これ〜？これじゃあ、夕焼けなんてまともに見えないよ！」
恵一「ヘヘッ〜〜〜！」
ルイ「ヘヘッ〜〜〜じゃないって！！今日は紅葉を見に来たんじゃないのよ」
まりりん「ねぇ、恵一君。此処が私達を案内したかった秘密の場所なの？」
恵一「ヘヘヘッ〜〜〜！」
ルイ「"ヘ"が一回増えただけじゃない！！説明になっていないわよ！」
まりりん「恵一君、早くしないと夕日が見られなくなっちゃうよ？
やっぱりさっきの虹の岬に戻ろうよ！ね？」
恵一「コッチ、コッチ！！」
そう言って、２人の間に入った恵一は彼女達の手を片方ずつ握ると、
足早に森に向かって歩き出す。
突然の行動にあっけに取られた女性陣。
半強制的に腕を引っ張られるものだから、歩調も恵一と合わず、足をもつれさせ
バランスを崩さぬように、２人の片腕はブンブンと空を切る。
互いの顔を彼の背中越しに見つめ合いながら、仕方なく誘導されるがままになった。
だけど流石に森にそのまま突っ込むと悟った２人は、抗議の声を上げる。
まりりん「ちょっと、ちょっと、恵一君〜？」
ルイ「このままじゃあ、森の中に入っちゃうって！」
恵一「良いの、良いの！」
ルイ「駄目なの、まずいの、嫌なの！」
まりりん「何処に連れて行く気なの？」
恵一「良い処！！！」
ルイ「帰れなくなったらどうするのよ〜？」
まりりん「そうよ。今ならまだ引き返せるから！」
恵一「大丈夫。この森、帰らずの森って言うんだから！！」
２人同時「い・や・だ〜〜〜！！」
恵一「ヘヘヘッ〜〜〜！」
２人には見えなかったが、ハッキリと悪魔的な笑みをこぼした、菅野恵一、１１歳！
あ、初めて名前が判明！(笑)
今まで以上に彼女達の手を固く握りしめると、更に歩調を早めた。
恵一「スピーーード、ア〜〜〜ップゥ〜〜〜〜〜」
ルイ「な、なに？」
まりりん「キャ〜〜〜〜〜〜〜〜！！！」
かなりの速度で森に突っ込む。
女性達は片手で顔を庇いながら、恵一の先導の元、森の奥へ、奥へと侵入して行く。
ガサガサ・パキパキ、ガサガサ・パキパキ、ガサガサ・パキパキ
落ちた葉と枝を踏み荒らす。
女性陣には何処をどう歩いてきたのやら、皆目検討も付かない程、深く森に入って来てしまった。
後ろを振り返るが、既に森の入り口は見えなくなってしまった。
不安で一杯になった彼女たちは恵一に再度、声を掛ける。
まりりん「ねぇ、何処まで行くの〜？お家に帰れなくなちゃったらどうするの〜？」
ルイ「そうよ。このまま迷子なんて私達、絶対やだからね！！」
恵一「ヘヘヘッ〜〜〜！」
ガサガサ・パキパキ、ポキポキ・パチパチ、ミシミシ・サラサラ、
ニュルニュル・ヌメヌメ、サワサワ・ドロドロ、オロロ〜〜〜ン！
２人同時「えっ！？」
まりりん「最後の、何？」
ルイ「て言うか、途中から変な音がしなかった？」
恵一「気にしない、気にしな〜い。一休み、一休み・・・」
まりりん「いっきゅう〜〜〜、さ〜〜〜〜〜ん！！」
ルイ「まりさん！！！」
まりりん「あ、つい！何で恵一君が一休さんを知ってるのよ！？」
恵一「声優は藤田淑子って人なんだ。キテレツ君と同じなんだぜ！」
ルイ「そんなディープなネタ知らないわよ！ねえ、まりさん？」
まりりん「後は、有名所でキャッツ・アイの泪姉さん！」
恵一「流石、姉ちゃんだ！！」
ルイ「ついていってるし・・・」
そんな馬鹿な会話を交わしていた一行は、いつのまにか森を抜け、ある岬に立っていた・・・
第七章：夕日がくれたプレゼント
恵一「クッ！」
ルイ「うわっ！」
まりりん「ま、眩しいぃ〜」
森に入っていたせいで、雄大な太陽の光に対して抵抗力を失い掛けていた３人には、
夕日は眩しく、思わず目を瞑らずにはいられなかった。
恵一「ど、どうだい。姉ちゃん達？」
まりりん「う、うん」
ルイ「ちょっと、待ってぇ〜」
まだ完全に目を開けられない状態ではあったが、夕日がくれた熱を肌に感じながら、
ゆっくりと閉じていた瞼を開いて行く。
ルイ「うわぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜、す、凄い綺麗ぃ〜〜〜〜〜」
まりりん「本当だ〜〜〜〜〜。すっごぉい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
恵一「どうだい！此処って、俺しかしらない秘密の場所なんだぜ！」
ルイ「凄い、凄い、凄い、凄い、凄い、凄い、凄い、凄い、凄い〜〜！！！」
まりりん「綺麗、綺麗、綺麗、綺麗、綺麗、綺麗、綺麗、綺麗、綺麗〜〜！！！」
下半身を沈め掛けた太陽は、
山を、空を、海を、そして３人を、赤く、暖かく包み込んでいた。
黄色く、オレンジに光り輝く太陽は、美しく、
自然が生んだ、自然でしか生まれない芸術作品と呼んでも過言では無かった。
大きな身を焦がしながら、辺り一面を自分色に染め上げる。
海上に浮かぶ小さな漁船や、山や岬が太陽を背に影になった情景も、筆舌に尽くしがたいものであった。
ルイ「虹の岬より、凄いんじゃない？」
まりりん「うん♪もう、全然！！」
恵一「誰にも言うなよ！俺、姉ちゃん達だから教えたんだぜ！！」
ルイ「うん、教えない。聞かれたって答えない！」
まりりん「私も！３人だけの秘密にしようねっ！」
恵一「おぅ、良いぜ！・・・・・・そらっ！！」
恵一は小指を立て、右手を突き出していた。
まりりん「うん♪」
ルイ「ハイ！」
３人同時「ゆっびきりげんまん！うっそついた〜らはっりせんぼんの〜ます！ゆっびきった！！」
恵一「絶対に秘密だかんな！！」
ルイ「約束を破った人は？」
まりりん「針千本！！」
恵一「へへ！」
ルイ「あはは」
まりりん「フフフ」
３人は楽しげに笑いあった。
一生心に残る様な夕焼けを堪能した女の子２人・・・。
ルイが耳を貸してとまりりんを呼ぶ。
まりりん「えっ？本当に？」
ルイ「だって、恵一君にお礼しなくちゃ！」
まりりん「そうだよね。こんな良い処に案内してくれたんだもん。
それに・・・、実を言えば私も同じ事、考えていたから・・・」
恵一「何、２人でコソコソやってんだよ！」
まりりん「恵一君！」
恵一「な、何？」
ルイ「目を瞑って！」
恵一「や、やだよ。どうせ変な事でもするんだろ？」
まりりん「お礼よ、お礼。こんな素敵な処に案内してくれたじゃない。
だからささやかなお礼がしたいのよ。私達２人で・・・」
ルイ「そっ！だから早く目を瞑って！出ないと、プレゼントがあげられないんだから！！」
恵一「プレゼントなんか良いよ、俺。
そんなの貰う為に姉ちゃん達を連れて来たんじゃないから・・・」
まりりん「へぇ〜、格好良い〜」
ルイ「本当〜。何処かのお馬鹿さん達に聞かせてあげたいわね！」
・
・
・
地元兄２「ヘ〜〜〜ッキシィ」
地元兄１「痛てててて・・・。あいつら人間じゃねぇな？」
地元兄２「ああ、もうあそこに近づくのよそうぜ？」
地元兄１「金貰ったって行かねぇ〜よ！！」
・
・
・
ルイ「でも、それじゃあお姉ちゃん達の気が済まないのよ」
まりりん「だから・・・ね？」
恵一「わ、わかったよ！ほら、目ぇ、瞑ってやったぞ！」
目と一緒に、両手に作った拳も堅く握りしめる。
トトト、ファサッ！
恵一を真ん中に挟み、ルイとまりりんは彼の左右に移動すると、腰を屈める。
ビクッ！
恵一の肩に２人の手が置かれた為に、思わず身体を震るわせてしまい、
それを認めたくない為か、更に目を強く瞑る。
香水の甘い香りが鼻孔をくすぐり、夕日が頬を暖める。
暫くその状態が続いた。
あれ？
おかしいなぁ〜？もう終わったのかな？俺、何を貰ったんだろう？
思わず目を開けたその瞬間、自分の頬に違和感を感じた・・・。
いや、違和感ではない。
形容しがたい感触が右と左の頬に一カ所ずつ、少し冷たい、
それでいて何処か暖かく柔らかい・・・、そう、キスをされたのだ・・・。
初めてのキスを・・・。
頭の回転がドンドンと鈍ってくる。
何だろう？身体が言うことを効かない。
冷静になりたいのだが、ちっとも平常心を保てない。
身体が顔を中心に火照ってくる。
鼻、耳、首筋、全身へと広がって行く。
ルイ「ハイ、おしまい！」
まりりん「どう？私達のプレゼント、気に入ってくれた？」
恵一「お、俺！俺！」
ルイ「俺がどうしたの？」
まりりん「大丈夫？恵一君。顔が真っ赤よ！」
恵一「・俺！・・俺！・・・俺！」
彼女たちが立ち上がり、肩から手を離した瞬間、
恵一はその場に尻餅をついてしまった。
ルイ「あはははは。ちょっと刺激が強すぎたかな？」
まりりん「恵一君、大丈夫？ほぅら、掴まって！」
自分の目の前に優しく差し出された手・・・。
だが今の彼には全ての物事は受動的にしか受けいれられなかった。
ルイ「もう、世話が焼ける王子様だこと！ほら、おんぶしたげるから・・・」
恵一「い、いいよ！」
ルイ「恥ずかしがってる場合じゃないでしょ？
もうそろそろ私達も帰らなくちゃいけないし・・・。ね？まりさん！」
まりりん「うん、そうね。恵一君もマスターが心配しているし、そろそろ、帰らなくちゃ。
だから今は、ルイちゃんのご厚意に甘えなさい！・・・ね？」
優しく諭し、彼の背中越しに両手を脇の下にいれ、立たせる。
そのままルイの屈んだ背中に恵一を乗せると、後は彼女が自分の手を恵一の両足に絡ませ立ち上がる。
ズルズルズル・・・
恵一本人が未だに放心状態であるために、捕まる意志が薄く、どうしてもずり落ちてしまう。
バシン！
恵一「痛ってぇ〜！」
ルイ「ほら、しっかり捕まってないと落ちちゃうでしょ！」
景気に一発、彼のお尻を叩くルイ。
ルイ「それに恵一君が呆けていたら、私達、あの森を抜けられないんだから！！」
まりりん「また、案内をお願いね」
恵一「もう大丈夫だって〜！」
ルイ「照れていないで、ちゃんと案内してよ！」
恵一「チェッ！照れてなんかねぇよ！」
まりりん「フフッ」
そんなやり取りを繰り返していた３人は無事に森を抜け、
夕日を見た岬を出てから５０分ほどで、本日の出発点である、レストランに戻った。
恵一は帰り、おんぶをしてもらったルイの愛車で帰宅した。
まりりん「じゃあね、恵一君。お父さんに宜しく！」
ルイ「うん、マスターに宜しく言っておいてね♪」
恵一「な、なぁ！もう帰っちゃうのか？俺ん家で飯でも食ってけば？」
まりりん「うん、ごめんね。そうしたいんだけど、猫に餌をあげなくちゃいけないし・・・」
ルイ「私も今日は夕飯の当番だから、食事の支度をしなくちゃ！
帰らなかったら、お兄ちゃんに怒られちゃうから・・・。ごめんね〜」
恵一「そっか〜・・・」
まりりん「大丈夫よ、また遊びに来るから」
ルイ「そうそう。だって、お店も、マスターも、勿論恵一君だって、
私達大好きになっちゃったからね♪ね〜、まりさん？」
まりりん「うん♪だから、またすぐに会えるよ！」
恵一「絶対だぞ、約束だかんな！！」
ルイ「うん、絶対！」
恵一「絶対の絶対だぞ！！」
まりりん「約束は守るよ！」
恵一「絶対の絶対の絶対だぞ！！」
それから５分ほどして、２台のバイクは駐車場を右に曲がり、恵一の視界から消えてしまった。
カラン・カラン
店のドアが開く。
マスター「いらっしゃいませ〜。って・・・恵一か〜。お姉ちゃん達と一緒に何処か行ったみたいだな？
面白かったか？・・・うん？お前、手を後ろに回して、何か持っているのか？」
その言葉が切っ掛けとなって、恵一は奥へ行き、階段を駆け上がると自分の部屋へ籠もってしまった。
夕飯が出来たと声を掛けても返事が無い。
部屋の前に来たマスターはノックをしようと手を上げたが、やがて納得した顔をすると、
階段を降りていってしまった・・・。
部屋から息子の嗚咽が聞こえて来たから・・・。
いくら突っ張っていても、恵一はまだ小学生なのだ。
今日は母親が他界してから、初めて父親以外に心を許せる相手を見付けた貴重な日だった。
だが、その相手は学校の友達ではない。
明日登校しても、彼女たちはそこにはいないのだ。
それは当たり前の事なのだが、今日の出来事は初めての体験ばかりで新鮮であったし、
何より、彼女たちの優しさが身に染みて・・・、
でも会いたい時に会える相手では無いことを良く知っているから・・・。
彼女たちから別れ際に受け取ったプレゼントを堅く握り、いつのまにか少年は眠りについた・・・。
最終章：奇跡！！
楽しい出来事から一ヶ月半・・・。
彼女たちからは何の音沙汰も無い。
直ぐに遊びに来てくれると思っていた。
所が恵一の予想に反して、あの日からもうすぐ５０日。
時々聞こえるバイクの音に反応する物の、いつも待ち人来ずで終わってしまった。
恵一も時々暗い影を落とす。
そして１２月も後半に差し掛けたある日、
前の晩から降り積もった雪はレストランの駐車場を白く埋めてしまった。
このままではいけない！と言うことで、恵一親子はスコップを使って雪かきを始める。
お客も来ない為、朝早くから昼過ぎまで、重たい雪を駐車の妨げにならないようにどけて行く。
あらかた終わった時に、脇に固まっている雪を見ていたマスターは息子に声を掛けた。
マスター「おい、恵一！」
恵一「何？父ちゃん？」
マスター「父さんと一緒に、久しぶりにこの雪を使って、雪だるまを作らないか？」
恵一「だって、店はどうすんの？」
マスター「それは、その時に考えるよ。でも、大丈夫。今日はお客さんは来ないよ。
こんなに雪が積もっているんじゃ、外を歩く事だってままならないしな」
恵一「・・・・・」
マスター「良いじゃないか、恵一。大きな雪だるまを作ろう！」
恵一「まあ、いざとなったら俺がいるから店も安心か・・・」
マスター「ヘヘッ。ありがとな！」
ポンポンと息子の頭を叩いたマスターは早速、雪だるま作りの用意を始める。
あれこれ注文を付けるうるさい父親の指導の元、どうやらそれらしい形にはなってきた。
マスター「え〜と、雪だるまって、頭に帽子か何か被っていた？」
恵一「うん。でも、ほら！あのバケツで良いんじゃない？」
マスター「あ〜、そっか〜。じゃあちょっと持ってきてくれないかな？」
コクンと頷くと、恵一は雪が掃けた部分を通って、水色のバケツを持ってきた。
恵一「持ってきたよ、父ちゃん！」
マスター「ありがとう・・・。これで良し！」
少し後頭部の、頭のやや左半分にバケツを傾け、それらしく演出をする。
マスター「目はどうする？穴だけ空けておくか？」
恵一「目なら、あるよ・・・」
マスター「何処に？」
恵一「ほら、此処に」
彼が指さしたのは父親の、エプロンだった。
そこには大小さまざまのバッチが取り付けられていた。
恵一「２個位良いじゃん！！」
マスター「だって、このパッチ、父さんにとっては結構大切なもんなんだぞ」
恵一「・・・・・」
マスター「わ、分かったよ！無言で俺を見るなよ。ほら、この２つを使えよ！！」
そういって、マスターは赤と青のバッチを渡してくれた。
恵一「へへ〜〜〜」
マスター「お前、その黙って相手の事じっと見るのは、反則だぞ！！」
恵一「良いんだよ〜！」
父親から譲って貰った、少々大きめのバッチを、顔の適当な位置に取り付ける。
恵一「どう？父ちゃん？」
マスター「おっ！結構良い感じだな〜。これで帽子も被ったし、目も付いたし・・・。
でも何か物足りないな〜。何がいけないんだ？」
恵一「う〜んと・・・」
マスター「何だろうな〜〜〜？」
恵一「あっ！分かった！父ちゃん、手だよ手！この雪だるま、手が無いんだ！！」
マスター「あ、そっか！そう言えば手が無いな！じゃ〜あ〜・・・」
マスターは駐車場の端に行き、地面に落ちている手頃な木の枝を２本持って戻ってくると、
雪だるまの身体部分に左右一本ずつ、万歳をする形に枝を突き刺す。
マスター「これでどうだ？」
恵一「う〜ん、随分良くなったけど・・・」
マスター「何だよ、結構良いじゃないか！」
恵一「良くなったけどさ、まだ何か足んないよ！」
マスター「これ以上は何も要らないだろ？」
恵一「分かった・・・。これだけじゃあ、手って言うより腕だけなんだよ！」
マスター「あ〜、なるほど・・・。じゃあ手袋でも引っかけるか？
ゴム手袋じゃ格好悪いしな〜・・・。この軍手でどうだ？」
マスターは自分がはめていた軍手を抜き取って、枝の先に引っかける。
マスター「お〜、見ろ見ろ！どうだ恵一！良くなっただろう？」
恵一「う〜ん・・・。これじゃあ何か、くたびれている感じじゃん！」
マスター「お前、そう言うこと言うなよ・・・。これ以上の物なんてないぞ！
父さん、スキーとか行かないから、適当な物って言ったら軍手位しか持ってないんだから・・・」
恵一「スキー？」
マスター「ほら、手にグローブをはめるじゃないか。ああ言うのがあったらもっと良いかも知れないけど。
父さん、スキーとかスノーボードとか冬のスポーツが苦手なの、お前も知っているだろう？」
恵一「あ〜〜〜〜〜〜〜」
マスター「な、なんだよ。急に馬鹿でかい声を出して？」
ダダダーと店内に駆け込むと、ドタドタと階段を駆け上がり自分の部屋に入る。
直ぐさま目的の物を見付けて、外で待っている父親の元へ急いだ・・・。
恵一「父ちゃん、これ〜〜〜〜！！」
ハアハアと荒い息を付きながら、手にしていた物を軍手と交換して、父親に振り返って一言・・・。
恵一「どう？父ちゃん？」
マスター「お〜、グローブじゃないか。何でお前がグローブ持ってるんだ？
あれ？でも、これ、左右で色が違っているじゃないか。間違えたのか？」
恵一「これ、姉ちゃん達に１つずつ貰った、俺の宝物なんだ！！」
自慢げに話す息子の顔に満足した父親は再び、雪だるまに視線を戻す。
マスター「うん、うん、うん！良いな〜。目の色も左右で違うし・・・。
良いんじゃないか？少なくても俺の軍手よりはサマになっているな？」
恵一「・・・・・・」
軽いノリで聞いてみたが返事はない。
息子を見ると何処か悲しげな顔で、雪だるまを見つめる姿が目に飛び込んだ・・・。
マスター「お姉ちゃん達・・・、来ないな・・・」
恵一「・・・うん」
マスター「でもさ、お姉ちゃん達も忙しいんだよ・・・」
恵一「・・・うん」
マスター「きっと、もうすぐ来てくれるよ。
ほら、ちょっと変だけど、雪だるまにお祈りでもしてみるか？」
恵一「・・・そうだね」
パン、パン
雪だるまに柏手と言うのもおかしな気もするが、
２人はそれぞれの願いを目を閉じ、手を合わせ、静かに、強く祈った・・・。
マスター「お願い、届くと良いな！」
恵一「うん♪」
マスター「じゃあそろそろ店に戻るか？」
恵一「そうだね。俺も店の手伝いするよ！」
マスター「サンキュー♪」
大好きな息子を抱きしめながら、父親は息子の願いを聞き届けてくれるよう、
２人で作った駐車場にチョコンと立つ雪の像に、再度心の中で祈った。
マスター「(小さな願いだけど、とても大事な願いなんだ。叶えてくれないかな？)」
ドアを潜り、店内に入る２人。
その日は何事もなく、時間だけが過ぎていった。
そして３日後・・・。
窓から雪だるまを覗いていた息子に、父親が声を掛ける。
マスター「恵一、今日は何の日だ？」
恵一「え？・・・分かんない！」
マスター「お前、子供らしく無いなぁ〜。今日はクリスマスイブだろう？」
恵一「ああ、そう言えばそうだったね」
マスター「そう言えば・・・って、お前、クリスマス、嫌いなのか？」
恵一「母ちゃんが死んじゃってからね・・・」
マスター「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
恵一「・・・ごめん」
マスター「いや、父さんこそごめんな。でも、今日は少し早めに店を閉めて、
・・・母さんは居ないけど、親子２人でちょっとしたパーティーでもやらないか？」
恵一「・・・・・・」
マスター「嫌なら別に良いんだぞ！」
恵一「ううん。やろう！クリスマスパーティー！」
マスター「そうか？じゃあ店を閉めるまでは忙しいと思うから、手伝ってくれな！」
恵一「おぅ！合点承知だぜ！」
マスター「ホント、何処でそう言う言葉遣いを覚えるの？」
それからと言うもの、仲の良い親子は熱々のカップルで一杯になった店内を
あちこち走り回りながら、何とか閉店まで何事も無く仕事をこなしていった・・・。
全ての客が帰ったことを確認すると、入り口のノブに"Closed"の看板を引っかけ、
パーティーの準備を始める。
飾り付けは、恵一が。
食事担当は勿論父親である、マスターの仕事であった。
お客様用のキャンドルを一つ失敬し、自分達のテーブルに掲げた。
準備の整った恵一は父親を呼ぶと、
お皿に盛られた暖かな料理が次々とテーブルの上に並べられる。
マスター「じゃあそろそろ始めるか？」
席に着いた父親の一言。
マッチを取り出しキャンドルに火を灯す。
親子２人は煌々と照らされた小さな炎に顔を染めながら、
暫しの間、黙って目の前で揺れる炎と、互いの顔を眺めていた。
だがやはり、恵一の顔はどことなく寂しそうだった・・・。
どうしたら良いのだろう？
せめて今日くらいは楽しい一日にして上げなくてはとマスターは思った。
逆に恵一の思いはこうであった。
父ちゃん、きっと俺の事心配しているんだろうな？
こんな顔してちゃいけないって分かっているんだけど・・・。
２人とも何処か自を出せないまま黙っている・・・。
そんな彼らの耳にある音が近づいてくる。
ドドドドドドドド・・・ドルン・ドルン・ドルルン・・・
ブォォォォォォォーーン
キキッ！
外の駐車場に２台のバイクが駐車される。
数分後・・・
カラン・カラン
鈴の音と共にドアが開かれた。
マスター「すいません、お客様。今日はもう閉店致しましたので・・・」
恵一「何言ってんだよ、父ちゃん！」
マスター「えっ！？」
２人の影が、親子のテーブルに近づく。
マスター「あっ！？あなた達は・・・」
まりりん「け・い・い・ち・君！」
ルイ「マッスッター♪」
恵一「姉ちゃん達！来てくれたんだ！！」
ルイ「当ったり前よ！だって約束したじゃない！」
まりりん「遅くなってごめんねぇ〜。ずっと忙しかったから・・・」
ルイ「表にある雪だるま、恵一君が作ったの？」
恵一「うん♪父ちゃんと一緒に！」
まりりん「そうなんだ〜。凄い良く出来ているねぇ〜。それにあの雪だるまの手って・・・」
ルイ「私達の上げたグローブ？」
恵一「そうだよ！」
まりりん「ああやって、使ってくれるって思ってなかったから、
最初はビックリしちゃったけど、凄い嬉しいなぁ〜。ありがとう〜♪」
ルイ「うん♪ありがとう〜、恵一君！」
恵一「ヘヘッ、よせよ〜。照れるぜ！」
マスター「お〜、お〜。赤くなっちゃって・・・。それよりどうでしょうか？
私達、今から丁度クリスマスパーティーを始めようと思っていた所なのですが、
あなた達も一緒に如何でしょう？」
マスターは席を立つと、手近にあった椅子とテーブルを自分達の横に用意する。
まりりん「是非、ご一緒させて下さい。ね？ルイちゃん♪」
ルイ「うん。私達、クリスマスケーキを作ってきたから、みんなで食べよう♪」
丁寧にピンクのリボンで飾り付けをした真っ白な立方体の箱を恵一達に見せる。
マスター「じゃあ、お席の方で、暫くお待ち下さい。直ぐにお二人分のお料理をお持ちしますので・・・」
まりりん「あっ！お手伝いますよ」
ルイ「うん♪」
マスター「ありがとうございます。お気持ちだけ頂きますね。
私一人で充分ですから、すみませんがお二人は恵一の相手をお願いできますか？」
そう言ってマスターは直ぐに厨房の方へ走っていった。
恵一「ねえ、それ、美味しいの？」
恵一がケーキの箱を指さしてまりりんと、ルイに尋ねる。
まりりん「あ〜、非道〜い！美味しいに決まってるでしょう！」
ルイ「２人の為に一生懸命作ったんだから！」
恵一「本当かなぁ〜？」
まりりん「何よ、その疑いの眼差しは〜？」
恵一「別に〜！」
ルイ「ムッカ〜〜！！今すぐ、食べてみなさいよ〜。絶対美味しいって言わせてやるんだから！！」
その様子を厨房から見ていたマスターは笑みをもらす。
優しく、暖かな笑顔だった。
神様、いや、雪だるま様かな？
ありがとう・・・。
恵一「もう解ったから、俺の負けだよ。美味しい。美味しいよ！」
ルイ「ほら、残さず食べなさいよ〜」
まりりん「沢山食べてね♪」
恵一「父ちゃ〜〜〜ん、助けてくれぇ〜〜〜〜〜〜！！！」
店の外ではチラチラと白い雪が舞っていた。
ホワイトクリスマスを迎えた４人の笑い声はいつまでも、いつまでも絶える事無く続いたと言う。
その証人は誰か、もうお気づきですよね？
そう。
駐車場の隅に立っている、命を吹き込まれた雪だるま君です。
彼はある親子の小さな願いを叶えてくれました。
雪だるま・・・
機会があったらあなたも作ってみませんか？
彼に頼めばきっと願いが叶うはずです。
あなたの素敵な願いが彼に届きますように・・・。
おしまい♪